客先常駐中にハラスメントを受けた場合の対処法と、SIer・派遣の二重構造における退職手続きの進め方を解説します。
客先常駐で発生しやすいハラスメント
SES・派遣で客先に常駐するエンジニアは、所属会社と常駐先の二重構造により、ハラスメント被害を受けやすい立場に置かれることがあります。
実際に報告されているケース
| 種類 | 具体例 |
|---|---|
| パワーハラスメント | 常駐先の社員から「外注のくせに」と人格否定される |
| 過大な要求 | 契約範囲外の業務を一方的に押し付けられる |
| 過小な要求 | スキルに見合わない単純作業のみ割り当てられる |
| 技術的なマウンティング | 技術力を公の場で繰り返し否定される |
| 情報遮断 | 必要な仕様情報を共有してもらえない |
| 長時間労働の強要 | 客先都合の深夜作業・休日出勤を常態的に求められる |
法律上の定義
パワーハラスメントは労働施策総合推進法(パワハラ防止法)第30条の2で以下の3要素を全て満たすものと定義されています。
- 1 優越的な関係を背景とした言動
- 2 業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの
- 3 労働者の就業環境が害されるもの
2022年4月から全企業にパワハラ防止措置が義務化されています。客先常駐の場合、常駐先企業にもこの義務が適用されます。
ハラスメントを受けた場合の対処手順
ステップ1: 証拠を確保する
退職や法的対応のいずれの場合でも、証拠の確保が最も重要です。
- メール・チャットのスクリーンショット(日時が分かるように)
- ハラスメントの日時・場所・内容・目撃者を記録した日記
- 録音(日本では一方当事者の同意で合法。秘密録音も民事では証拠として認められる判例あり)
- 体調不良が出ている場合は医師の診断書
ステップ2: 自社(SIer・派遣元)に報告する
客先常駐の場合、まず自社の営業担当や上長に状況を報告します。
- 客先に直接抗議するのではなく、自社を通じて改善を求める
- 自社には安全配慮義務(労働契約法第5条)がある
- 常駐先の変更を依頼するのも有効な手段
ステップ3: 外部の相談窓口を利用する
自社が対応してくれない場合、以下の外部窓口に相談できます。
| 相談先 | 内容 | 費用 |
|---|---|---|
| 労働基準監督署(総合労働相談コーナー) | 労働問題全般の相談 | 無料 |
| 都道府県労働局(あっせん制度) | 紛争の調停・あっせん | 無料 |
| 法テラス | 弁護士への相談 | 無料(収入要件あり) |
| 労働組合(ユニオン) | 団体交渉による解決 | 組合費が必要 |
二重構造での退職手続きの進め方
SES(業務委託契約)の場合
SESエンジニアの雇用主は自社(SIerやSES企業)です。
退職届の提出先: 自社
- 1 自社の営業担当に退職の意思を伝える
- 2 退職届を自社の代表取締役宛に提出
- 3 客先への連絡は自社が行う(自分からは連絡不要)
- 4 客先の備品返却と自社の備品返却を別々に行う
注意点
- 「プロジェクト途中だから辞められない」は法的根拠がない
- SES契約は会社間の契約であり、個人を拘束しない
- 違約金の請求は労働基準法第16条で禁止されている
派遣社員の場合
派遣社員の雇用主は派遣元企業です。
退職届の提出先: 派遣元企業
- 1 派遣元の担当者に退職の意思を伝える
- 2 退職届を派遣元の代表取締役宛に提出
- 3 派遣先への連絡は派遣元が行う
派遣法に基づく保護
- 派遣先企業にもパワハラ防止措置義務がある(労働者派遣法第47条の4)
- 派遣先でのハラスメントは派遣元に苦情申立てが可能(労働者派遣法第40条)
- 派遣先の変更を派遣元に依頼する権利がある
ハラスメントが原因の退職は「会社都合」になる可能性
ハラスメントが原因で退職した場合、雇用保険上「特定受給資格者」に該当する可能性があります。
特定受給資格者のメリット
| 項目 | 自己都合退職 | 特定受給資格者 |
|---|---|---|
| 給付制限期間 | 2ヶ月 | なし |
| 給付日数 | 90〜150日 | 90〜330日 |
| 国民健康保険料 | 通常額 | 最大で約7割軽減 |
認定を受けるために必要なもの
- ハラスメントの証拠(メール・録音・日記など)
- 医師の診断書(メンタルヘルスに影響が出ている場合)
- ハローワークでの申告と面談
退職届には「一身上の都合」と書いても、ハローワークで実態を申告すれば会社都合に変更できる場合があります。
退職届の書き方
ハラスメントが退職理由であっても、退職届にはその旨を記載しないのが一般的です。
退職届のポイント
- 退職理由: 「一身上の都合」と記載
- 宛名: 自社(SIer・派遣元)の代表取締役
- 提出先: 自社の上長または人事部門
別途やるべきこと
退職届とは別に、ハラスメントの事実を記録した文書を自社の人事部門やコンプライアンス部門に提出しておくと、後日の紛争に備えられます。
退職後にやるべきこと
- 離職票の退職理由が「自己都合」になっていないか確認
- 健康保険の切り替え手続き(任意継続or国民健康保険)
- ハラスメントによる精神的な不調がある場合は医療機関を受診
- 労災申請の検討(精神障害の労災認定基準に該当する可能性)
2023年9月に改正された精神障害の労災認定基準では、カスタマーハラスメントが新たに追加されました。客先からのハラスメントも労災認定の対象となり得ます。