インタビュー対象者プロフィール

  • 名前: 井上 美穂さん(仮名)
  • 年齢: 29歳
  • 経験年数: 6年(私立認可保育園に5年勤務後、退職)
  • 前職: 社会福祉法人運営の私立認可保育園
  • 現在: 療養後、企業主導型保育所で復職

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Q: 体調を崩し始めたのはいつ頃からですか?

3年目あたりからです。2歳児クラスの担任をしていて、子どもが20人に対して保育士3人。毎日大声を出して注意したり歌ったりしていたら、声がガラガラになってきました。

耳鼻科を受診したら「声帯結節」と診断されました。声帯にタコのようなものができる病症で、保育士に多いそうです。医師からは「声を使う仕事を休んでください」と言われましたが、担任を外れるわけにもいかず、そのまま働き続けました。

Q: メンタル面ではどうでしたか?

4年目から不眠が始まりました。翌日の保育の段取りや、保護者への連絡事項、行事の準備のことが頭から離れなくて、夜中に何度も目が覚めるんです。

書類仕事も多くて、月案・週案・日誌・個人記録を書くのに毎日2時間以上の残業。それでも終わらなくて持ち帰り。休日は行事の衣装作りや教材制作。「休む日がない」状態が1年以上続きました。

5年目の夏、朝起きて保育園に向かおうとしたら、足が動かなくなりました。玄関で座り込んで泣いてしまって。その日、心療内科を受診して「適応障害」と診断されました。

Q: 休職は考えましたか?

医師から「最低1ヶ月は休養が必要」と言われて、診断書を園長に提出しました。でも園長の反応は「今、人が足りないのに困る」「クラスの子どもたちはどうするの」と。

休職制度は就業規則にあったんですが、「前例がない」と渋られました。結局、2週間だけ休みをもらいましたが、復帰したら何も変わっていなくて。むしろ「休んでいた分の仕事が溜まっている」状態で、余計に追い詰められました。

Q: 退職を決意した経緯を教えてください。

復帰後1ヶ月で、また声が出なくなりました。声帯結節が悪化して、ほぼ囁き声しか出せない状態。子どもに声が届かない保育士は、正直厳しいです。

心療内科の先生に「環境を変えない限り回復は難しい」と言われて、退職を決意しました。「子どもたちに申し訳ない」という気持ちは強かったですが、このままでは自分が壊れると思いました。

Q: 退職届はどのように提出しましたか?

園長に口頭で伝えた後、退職届を提出しました。宛名は園長で、理由は「体調不良により業務の継続が困難なため」。診断書も添付しました。

退職日は1ヶ月後に設定しましたが、医師の診断書があったので、残りの期間は病気休暇と有給消化で出勤しませんでした。引き継ぎは書面で行い、クラスの子ども一人ひとりの発達状況や配慮事項をまとめた資料を作成しました。

Q: 回復までどのくらいかかりましたか?

声帯結節は退職後3ヶ月で改善しました。声を使わない生活を続けたら自然に治りました。適応障害の方は半年くらいかかりましたね。最初の2ヶ月は何もする気が起きず、ずっと家にいました。

3ヶ月目から散歩を始めて、4ヶ月目にボランティアで子育て支援センターの手伝いを始めました。「やっぱり子どもと関わるのが好きだ」と思えたとき、少しずつ元気が戻ってきました。

Q: 復職先はどのように選びましたか?

半年後に企業主導型保育所に就職しました。定員12名の小規模な施設で、少人数だから大声を出す必要がないし、行事も少ない。書類もICTシステムでタブレット入力なので、手書きの負担が激減しました。

体調不良で退職を迷っている保育士の方に伝えたいのは、「保育士を辞めるのではなく、合わない園を辞めるだけ」ということ。保育の仕事は好きなのに身体が限界という人は、小規模園や企業型保育所など、負担の少ない環境を探してみてください。