体験者プロフィール
- Iさん(24歳)
- 経験年数:1年
- 前職:認可保育園(0歳児クラス担当)
- 現職:保育関連企業の企画職
---
新卒採用から入職まで
保育学科を専攻して、「子どもの発達を支援する仕事がしたい」という思いで新卒採用を受けました。面接では園長が「うちは子どもの個性を大事にする保育園。先生たちも自分の意見を言える職場です」と説明してくれました。
その言葉を信じて、入職を決めました。
---
配置ギャップ:期待と現実
しかし、1日目から違和感がありました。
配置が「0歳児クラスの新人」。保育学科では「乳児保育論」を習いましたが、理論と現場は全く異なりました。
理論では、「乳児は個人差が大きいため、一人ひとりのペースに寄り添うことが大切」と習いました。しかし現場では、「10人の0歳児を2人で見ている」という状況。一人ひとりに寄り添う余裕なんてありません。
オムツ替え、授乳、寝かしつけ。朝から晩まで、やることが終わりません。子どもが泣いていても、別の子どものオムツ替え優先。それが効率というわけです。
---
書類作成と事務作業の多さ
保育実習では習いませんでしたが、保育士の仕事の50%は書類作成だと気づきました。
- 指導案(月案・週案・日案)
- 連絡帳(全園児分、毎日)
- 保育日誌
- 発達記録
- 保護者への園便り
- 行事の企画書・実施報告
これ全部、保育時間外(帰宅後)にやるんです。朝7時出勤、帰り6時。帰宅後1時間半〜2時間、書類。土日は指導案を作成。
実習では「保育の時間」が中心でしたが、実際の仕事は「保育と書類のハイブリッド」。それも、給与には反映されていません。
---
新人いじめと呼べる厳しさ
先輩保育士との関係も、想像と違いました。
保育学科時代の実習指導者は親切で、「分からないことはいつでも聞いて」というスタンス。しかし実際の職場は、「見て覚えろ」という文化。
わからないことを聞くと、「新卒なのにそんなこともわからないの?」と言われます。ベテラン保育士(20年目)に聞いたら、「若い人は最初そうだけど、覚えるしかない」と。
「覚える」を放置ということですね。結果として、私は毎日、不安と失敗を抱えながら仕事をしていました。
---
給与と将来への不安
手取りは16万2,000円。大卒で、この給与。
親からは「4年間大学に行ったのに」と心配されました。同期が進んだ企業(金融、IT)の初任給は23万円以上。給与格差は凄まじいものでした。
「このまま保育士を続けたら、10年後いくら?」と計算しました。保育園の給与テーブルから推測すると、年収280万円程度。30代で280万円。
「子どもが好き」という思いだけで、30年、この給与で生きていけるのか。結婚、出産、老後。経済的な不安が大きくなりました。
---
辞意を決めたきっかけ
3ヶ月目の時点で、朝、起きるのが辛くなりました。「また今日も、怒られるんじゃないか」「今日も、新しい失敗をしてしまうんじゃないか」という不安で、吐き気がしました。
4月に配置が変わり、別のクラスに移っても状況は変わりませんでした。「あ、これは職場の文化なんだ」と気づきました。
6月。親に「保育士、辞めたいと思う」と言いました。親は「もう1年続けてみたら?」と言いました。
でも、「1年続けたら適応できるのか」という疑問がありました。むしろ、「1年続けたら、もっと深くハマってしまう」という恐怖心がありました。
---
退職を決断するまで
心理的な限界が来たのは、7月の親子遠足でした。
運動会のような競技をするはずが、計画変更で「子どもを運ぶゲーム」になりました。私は事前に「このゲームだと2歳児が参加しづらい」と意見を言いました。
でも却下されました。当日、案の定、2歳児が泣いて参加できない。保護者から「なんでこんなゲーム?」とクレームが来ました。その時、「自分の意見は無視されて、その結果は責任を問われる」という理不尽さを感じました。
園長が「うちは先生たちの意見を聞く」と言っていたのは、嘘だったんです。
その夜、「退職しよう」と決めました。
---
退職届の提出と引き継ぎ
翌週、園長に呼び出されました。「最近、意欲が低く見える」と指摘されました。そこで、「申し訳ございませんが、退職を考えております」と話しました。
園長は驚いていました。「なぜ?」と聞かれたので、「実習と現場のギャップが想像以上で、心身の健康のために」と答えました。
園長は「もう一度、考え直してほしい。キャリアアップ研修の受講も勧めたい」と言いました。でも「ありがとうございます。申し訳ありませんが、別の道を探したいです」と丁重にお断りしました。
退職届は8月に提出。9月末での退職を願い出ました。引き継ぎは、後任の保育士が決まってから、2週間かけて丁寧に行いました。
---
退職後のキャリアと後悔の有無
現在は、保育関連企業の企画職をしています。仕事は、保育園向けの教材開発と営業企画。基本給23万円、ボーナス有り、年収360万円。
給与も待遇も改善されました。それに加えて、「保育」という領域に関わりながら、保育現場のストレスから距離を置くことができています。
後悔はありません。むしろ「新卒1年目で気づけて良かった」と思っています。
---
新卒保育士へのアドバイス
保育学科に在籍している後輩から、「Iさんはなぜ辞めたんですか?」と聞かれました。
正直に答えました。「保育理論と現場は違う。それは誰もが経験する。でも、『違いに気づいた時に、どうするか』が重要。適応するまで3年我慢するのか、別の選択肢を探すのか。その判断は、自分の人生のためだけにしてください」
ネガティブに聞こえるかもしれませんが、実は肯定的なメッセージです。「新卒で気づいて、別の道に進む」ことは、自分と子どもの両方のためになります。
保育士不足は社会的課題ですが、それは新卒個人の責任ではありません。